中小企業のM&Aの進め方と留意点
円滑な事業承継は事業の永続的な発展のために必要不可欠のものです。近年、M&Aは事業承継手法の1つとして注目を集めており、中小企業庁によれば年間4,000件程度のM&Aが実施されています。しかし、M&Aは知識やノウハウを知っておかないと進められるものではありません。今回は、中小企業の経営者の皆様に事業承継で注目を集めるM&Aについて解説します。
そもそもM&Aとは?
M&Aとは”Mergers&Acqisitions”の略称です。Mergersとは日本語で「合併」、Acqisitionsとは「買収」を意味します。合併とは例えば、A社とB社が合った場合にA社がB社を「吸収」して、より大きな新A社になることです。一方で、買収とは、例えばA社がB社の株主からB社の株式を取得することで傘下におさめることをいいます。まず、中小企業で実施されているM&Aは、どちらかというと後者の「買収」の意味合いが強いといえます。
注目を集める中小企業M&A
M&Aといえば、一般的に大企業がいわゆる経営戦略としてシナジー効果を挙げるために買収を繰り返すためのものであって、中小企業には無縁のものだと思っていないでしょうか?
事業承継を大きく2つに分けると、オーナー社長の息子や娘などの親族が継承するケースと第三者承継があり、従来は一般的な中小企業の経営者の方は親族承継を選択されるケースが圧倒的に多かったのですが、現在では、長男であっても「家業を継ぐより自分のやりたいことをやりたい」という価値観が広がっており、中小企業のオーナー社長は跡継ぎがいないという状況が増えています。
実際に、中小企業庁によれば中小企業の経営者は全国に約380万人おり、このうち2025年までに70歳超える経営者の方が約245万人に上り、かつ245万人のうち約半分の127万人が後継者が現時点で決まっていない状況になっています。
後継者が決まらないまま引退年齢を迎えて、廃業する恐れもあります。そこで、今回のテーマである「M&A」が非常に重要な要素となります。中小企業にとってM&Aはもはや無縁の話ではなく、事業承継の解決策として血縁でない第三者に事業を譲り受けてもらう(第三者承継)ための、重要な選択肢の一つなのです。
M&Aに関する心構え及び留意点
上述の通り、後継者が未定の127万の経営者がいるなかで、M&Aは年間で4,000件程度しか実施されていません。多くの企業が廃業の危機にある中でM&Aは有効な手段ですが、なぜ、これほどまでに件数が少ないのでしょうか?
これについては様々な要因が指摘されていますが、「M&Aに対するイメージの悪さ」が挙げられること多いです。例えば、昔のテレビドラマなんかでは「工場を取られてしまった…」なんてシーンがありますし、テレビや新聞でも「敵対的買収」という言葉が踊り「根こそぎ好きなものだけ持っていかれる…」というイメージを持っている方もいらっしゃいます。
しかし、これらのイメージは実態と大きくかけ離れていると言わざるを得ません。
現在、経済の不透明性が増していると言われる中において、事業を拡大したいという企業にとっても新たな事業に踏み出すよりも事業の引き継ぎを受けて、その基盤をもとに事業を拡張していくほうが合理的です。
また、売り手にとっても、特にオーナー社長にとっては老後の資金に充てることができ、場合によっては従業員や取引先の関係を保ったまま事業を続けることもできます。そうなればオーナー社長のみならず、利害関係者すべての人にとっても、まさにwin-winのものになります。
M&Aの流れ
M&Aを進める際には様々な工程が必要となります。しかし、必ずしもこれらすべてをこなす必要はなく、いきなりトップ面談を行い契約を交わすという場合もあります。その場合にはトップ同士で交渉をして、契約を結ぶだけで完了してしまいます。したがって、今回ご説明する工程が必ずしもすべての事例に当てはまるわけではないことにご留意下さい。
また、詳細について知りたい方は2020年3月に全面改定された中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」をご参照下さい。
参考:中小企業庁M&Aガイドライン
https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200331001/20200331001-1.pdf
1.支援機関への相談
先程ご説明した通り、M&Aといっても事例によって様々な工程がありますので、実際のところ中小企業の経営者がM&A成約に向けてどのような手続きが必要なのかを把握することは難しいと思います。したがって、まずは顧問税理士、商工会議所などの商工団体、国の公的な支援機関である事業引継ぎ支援センターなど身近な支援機関にご相談することをお勧めします。
「売り手が見つかるのか」というのも心配材料かもしれませんが、商工会議所や事業引継ぎ支援センターであれば、買い手を探すのを手伝ってくれます。また、銀行等の金融機関に相談すれば手数料はかかりますが、全国にあるネットワークを駆使して、最適な買い手を見つけてくれることでしょう。
2.意思決定手続きと注意点
M&Aを進める際には大きく分けて3つのパターンがあります。
①経営者本人がすべての手続きをこなす
②M&Aの専門家に対して依頼をする
③一部の工程に関しては専門家に依頼し、その他の部分は経営者が行う(①と②のミックス)
実務上は経営者本人が買い手(譲り手)を探すということは難易度が高いので、例えばM&Aのプラットフォームなどを利用して、買い手を探し、後の工程は経営者が行うというのが多いです。ただし、資金的に余裕のある場合は、すべての工程を専門家に依頼してもいいかもしれません。
仮に経営者本人がすべての工程を進める場合には事業を運営しながらすべての工程をこなすことには限界があります。また、社長が会社を売却しようとしているという情報が漏れてしまった場合に経営不安があるという噂が流れて、従業員の離職が相次ぎ、取引関係が悪化し、M&Aどころでは亡くなってしまう可能性がありますので注意が必要です。したがって、M&Aを進める際には秘密保持を徹底しておきましょう。
また、一般的に専門家の数が多ければより多くの案件を紹介してもらえると思いがちですが情報漏洩の観点からなるべく一つのアドバイザーに相談することをおすすめします。都心部に比べて、地方のほうが専門家が少ないと言われているので、地方の場合は全国47都道府県にある「事業引継ぎ支援センター」を活用しましょう。
3.企業価値評価
M&Aに先立っては「見える化」が重要です。つまり、株式の集約のことで、中小企業の場合には株式が分散していることが多く、名義株や所在不明株主など複雑であることが多いので、事前に整理することが大切です。
整理をしたら「自分の会社がどれくらいで売れるのか」という現状分析を行います。
方法としては、①会社の純資産で評価をする純資産評価、②将来得られるキャッシュフローを現在価値で割り引くDCF、③類似している上場会社の株式価値を参考に評価をする類似会社比較法の3つがあります。
これら「見える化」や企業価値に関する相談も、税理士や事業引継ぎ支援センターに相談してみてください。また、銀行などの金融機関であれば費用はかかりますが、適切な企業価値を診断することが可能です。
4.マッチング
マッチングとは買い手(譲り受け側)を探す作業です。一般的には名前が分からない程度の情報を載せたノンネームシートを買い手に送ります。関心を持った企業に対して、秘密保持契約を締結した上で、詳細な企業情報を載せたIMを贈ります。双方で具体的に交渉を進めたいという段階になった場合には交渉のフェーズに移行します。
5.交渉
交渉の方法に関しては買い手との関係性によって変わります。少なくともトップ面談に関しては、買い手企業の経営理念や企業文化、買い手経営者の人間性などを直接知る機会となるので非常に重要です。
交渉にあたっては「何を希望するのか」「優先順位はなにか」という点を整理しておくことが重要です。特に優先順位に関しては、「雇用維持に関しては絶対に守りたいが、金額に関してはそこまでこだわらない」など自分の中で絶対に譲れないものを決めておくことが重要です。交渉の結果、基本的な内容について合意できた場合には基本事項の締結に進みます。
6.基本事項の締結
基本事項の締結内容として、①どのくらいの金額で譲渡するのかという譲渡金額、②株なのか事業を譲り渡すのかというスキームの方法、③具体的なスケジュールなどを決めます。
一方で、基本合意に関しては、法的な拘束力を持たないことに留意が必要です。買い手次第ではありますが、独占交渉権や秘密保持契約には法的拘束力がありますが、その他の事項に関しては基本的に法的拘束力を持ちません。なぜなら、基本事項の締結のあとにいわゆる「デューデリジェンス(いわゆる内部チェック)」を行うからです。これについては後述します。
7.財務・法務等調査(デューデリジェンス)
売り手(譲渡側)企業の法務面、財務面、事業面などの内容に問題がないかを確認します。確認した結果、問題が合った場合には譲渡金額を調整しないといけません(そのため、先程の基本事項の締結に際しては法的拘束力をもたせることが出来ません)。
基本事項の締結の段階で「この金額でいきましょう」と決めた後にデューデリジェンスを実施し、問題が発覚すると心証を害してしまい取引が決裂する可能性があるので、不都合な情報であっても正しい情報を包み隠さず事前に伝えておくことが重要です。
8.最終契約の締結
デューデリジェンスをしたあとには契約を締結します。内容としては「売買金額をいくらにするのか」「クロージングはどうするか」といった事項です。最終契約で重要となるポイントはいわゆる「表明保証」という問題です。クロージングの前提条件も契約で結ばれるので、契約内容については十分に確認しておきましょう。この最終契約については弁護士を入れたほうが確実です。
例えば、「表明保証」では契約内容に間違いないことをお互いに表明し、それによって、事後的に問題が起きた場合には「お金を支払う」ということになります。つまり、保証であり、保証の範囲がどこまで及ぶかということを事前に整理する必要がありますので、弁護士を入れることが得策です。
M&Aの戦略及び留意点
ここまでM&Aの具体的な進め方について説明してきましたが、ここからはM&Aに掛かるコストや時間などの留意点やそれらに関連する戦略について解説したいと思います。
M&Aに掛かるコスト
繰り返しになりますが、M&Aには以下の3つの方法があります。
①経営者本人がすべての手続きをこなす
②M&Aの専門家に対して依頼をする
③一部の工程に関しては専門家に依頼し、その他の部分は経営者が行う(①と②のミックス)
このうち①に関しては自分ですべてやるのでコストは掛かりません。
②③に関してはM&Aの専門家である仲介業者やファイナンシャルアドバイザー(FA)などに依頼をしますので、着手金、月額報酬、成功報酬など様々な報酬が生じます。金額に関しては業者によって異なりますが、一般的には数十万円から数百万円かかるケースが多いです。
M&Aに掛かる時間
M&Aにかかる期間は案件によって非常にばらつきがありますが、一般的には意思決定からクロージングまで半年から2年くらい掛かるケースが多いです。
少なくともM&Aの相手が1日2日で見つかって、条件や希望が一致して譲り渡すということはなかなかありません。相手を探すことも、探した後も手続きがありますので、時間はかかります。売り手としては、時間がかかることを前提に、早めのアクションを起こすことが大事です。
逆にM&Aを考えていても、決断が遅れれば遅れるほど選択肢の数は少なくなっていきます。例えば、これまでは経営が良好だったけれども、今回のようにコロナの影響で経営が不安定になってくると、場合によってはM&Aの対価が当初想定したいたよりも低くなる可能性もあります。また、買い手は適切なタイミングで事業を吸収したいと思っているわけですので、時期を失してしまうとM&Aが上手くいかない可能性もあります。したがって、早め早めに動いて選択肢を狭めない行動が重要です。
M&Aに際して秘密保持を徹底しよう
M&Aというのは利害関係者に与える影響が大きい一大イベントです。具体的には従業員や取引先、オーナー社長の親族にとっても与える影響は大きいのです。したがって、不用意に「会社を譲り渡そすと思っているんだよ」という話を好き勝手にしていると話はまとまりません。
一方で、相談者を増やしてはいけないというわけではありません。大事なのは「相談すべき人に相談すること」です。専門家や支援機関であれば秘密を守ってくれますし、適切なタイミングについても熟知しています。こういった方々のアドバイスを聞きつつ、情報管理をして進めていくのが重要です。「どの時点でどういう情報をどういう人と共有するのか」を考えて行動しましょう。
まとめ
ここまで中小企業のM&Aについてご説明してきましたが、小規模で事業を営んでいる事業者や経営状況が厳しい赤字の企業様の中には「本当に自分の企業が売れるのか?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。赤字も含めて引き取って貰えるのかというのは想像が難しいかもしれませんが、中小企業M&Aの場合には一定の割合で赤字企業であったもM&Aが成立し、オーナー社長がしっかりと対価を受け取っているケースはいくつもあります。なぜなら、中小企業の経営者の多くは自分たちが気がついていない強みを持っているケースが多いのです。したがって、M&Aに対して主観的な先入観を持たずに選択肢の一つとして考えていきましょう。
事業承継を選択肢として考える経営者の方はまだまだ多くないのが実情で、どうやって進めていけば分からないという方も多いと思いますので、まずは身近な支援機関に相談してみましょう。
今回はここまで。
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